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北本自然観察公園 自然観察記録 2002年4月

2002年5月23日更新
                                           埼玉県自然学習センター



【2002年4月29日(月)】
○若葉の輝く季節に若葉色をしたかわいい小鳥のセンダイムシクイが、南からの渡りの途中だと思いますが、公園に立ち寄っているのが観察されています。杜の都「仙台」に関係がありそうな名前ですが、そうではなくて「先代」だそうです。鳴き声が「ツルチヨギミー」と聞きなしされ、この鳴き声が江戸時代に爆発的人気のあった歌舞伎や人形浄瑠璃の「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」に登場する鶴千代君と聞こえたことに因んで「先代」と名付けられ、この鳥がムシクイ類なのでセンダイムシクイといわれるようになったといわれています。また酒好きの人には、鳴き声が「焼酎一杯グィー」と聞こえるそうです。

【2002年4月28日(日)】
○白いウメバチ形のカマツカの花も咲き出しました。秋には8oぐらいの楕円形の赤い実が熟します。材がかたくて丈夫で折れにくいことから鎌の柄によく使われたので「鎌柄」と名付けられたといわれています。別名「ウシゴロシ」と呼ばれていますが、牛の鼻に綱を通すとき、この木で鼻を通す穴をあけたことによります。また、カマツカはルリカミキリの棲息する樹木としても知られています。

【2002年4月27日(土)】
○公園のヨシ(葦)原のヨシも瞬く間に1mぐらいに成長したと思ったら、オオヨシキリが南の国から渡ってきました。赤い口を上に向け「ギョギョシ、ギョギョシ」と騒々しいさえずりでオスは縄張りを高らかに宣言します。スズメよりも一回り大きい鳥で背は緑色を帯びた淡い褐色の色をしています。ヨシ原をすみかとし、ヨシを刈るような大きな声を出すので「ヨシ切り」と名付けられ、その仲間の中でも大きいため「オオヨシキリ」といわれています。

【2002年4月26日(金)】
○ニセアカシアの愛称で呼ばれているハリエンジュの木が、長さ10pから15pぐらいの総状花序を垂れ下げて、白色の芳香のある蝶形花を咲かせています。北アメリカ原産の落葉高木で明治10年ごろ日本に渡来して各地に植えられ、この公園の木も10mぐらいの高さになっています。和名はエンジュの木に似ていて針があるのでハリエンジュと名付けられました。成長が早い木なので街路樹や砂防林などに活用されています。

【2002年4月25日(木)】
○園内の木道脇の湿地や湿り気のある場所に、カキドオシの花に似たムラサキサギゴケの花が地を這うようにして咲いています。和名は花の形が鳥のサギに似ていて、茎が地面を這うように伸びることをコケに見立てての名前だといわれています。この花は天井部分に雄しべと雌しべの先があり、雌しべの先は大きく口を開いており、何かが雌しべの先端に触れると口はすぐに閉じます。花そのものが小さいので虫めがねの助けを借りなければ見えないかも知れませんが、機会があったら実験してみてください。

【2002年4月24日(水)】
○2階の観察ロビーから公園を眺めると、落葉高木のミズキが階段状に枝を広げた独特の樹形を作って、小さな白い花を一面に咲かせているのがよく見えます。新緑の頃にミズキの枝を折ると大量の樹液が流れ出るので、「水木」と名付けられたといわれています。またミズキは小正月の繭玉を吊す枝や削り花、宮城県の鳴子こけし、奈良県の吉野雛の頭の用材などに使われています。

【2002年4月23日(火)】
○公園のあずま屋の湿地側で午後クロジが1羽観察できました。北へ帰る渡りの途中に、この公園に立ち寄ったものと思われます。クロジはホオジロ科の鳥ですが、ホオジロの鳥の仲間が持つ特徴の尾羽の両側にある白色の部分はありません。また、クロジの「ジ」はホオジロの仲間を意味し、雄の体全体が黒っぽい色をしているのでクロジといわれています。

【2002年4月21日(日)】
○公園のあずま屋を過ぎた付近の雑木林の高木に、フジがつるを絡ませて藤色の綺麗な花を垂らして咲いています。フジは古くから知られており、「古事記」には「藤の花衣」の伝説が、「万葉集」にもフジの花を歌った歌とは別に「藤衣」の歌があります。このことから藤つるの繊維が古代では衣服として用いられたことがわかります。また、「源氏物語」で光源氏が最初に憧れたのが「藤壺女御(ふじつぼのにょうご)」であり、彼女が住んでいた飛香舎(ひぎょうしゃ)の中庭にフジが植えられていたので藤壺と呼ばれたと書かれています。一方、「枕草子」では「めでたきもの」として「色あひふかく 花房ながく咲きたる藤の花」との記載があります。

【2002年4月20日(土)】
○今年は春の訪れが非常に早く園内のエドヒガンも3月19日には散りだしていました。今日、ビオトープ見本園ではアジアイトトンボとクロスジギンヤンマの羽化が確認できました。また園内ではシオカラトンボやコミスジ、ヒメウラナミジャノメが飛んでおり、ヘビイチゴの赤い実がなっている場所もありました。公園は早くも五月の装いになっています。

【2002年4月19日(金)】
○園内の湿地の一画に細長い距の上に、淡い紅紫色の細長い花を一つ乗せた、ジロボウエンゴサクという変わった名前の花が咲いていました。弱々しい感じのする花ですが、伊勢地方でスミレを太郎坊、この花を次郎坊と呼び、両方の花の距を絡ませて引き合う遊びがあり、花の名前のジロボウはこの遊びに由来するといわれています。またエンゴサク(延胡索)は、この花の仲間の漢名です。漢方ではエンゴサク類の塊茎を蒸して乾燥させたのを「延胡索」と呼んで鎮痛剤などに利用していました。

【2002年4月18日(木)】
○公園の中を歩いていると赤や紫、青そして白い花も咲いていますが、春は黄色系統の花がよく目に付きます。各種のタンポポやヘビイチゴ、ミツバツチグリ、イヌガラシ、オオジシバリ、ヤブタビラコ、オニタビラコ、カタバミ、キツネノボタン、ヤマブキなどの花です。早春、葉が展開する前の青空が樹冠からすけて見える自然環境の中では、昆虫などを効果的に誘引する春の花の色は黄色系統なのかも知れません。

【2002年4月17日(水)】
○つる性落葉樹のアケビが他の木に巻き付いて、淡い赤紫色の6本の雄しべと3枚の萼片の花を咲かせています。アケビは同じ木に雌雄異花を付けますが、同じ株の雄花と雌花の間では自家不和合性が強く受精しないといわれ、実を成らすためには2株以上植えなければなりません。アケビの実は食用に、つるは篭などの民芸品に使われており、その呼び名については、実が熟すると縦裂して「開け実」になるので名付けられたという説があります。

【2002年4月16日(火)】
○あずま屋から一夜堤へ行く道の中程の北里の森側に、落葉高木で雌雄異株のマルバアオダモの花が、新枝の先に円錐花序を出し、多数の細かい白い花を咲かせています。雄花は2個の雄しべを、両性花は雌しべ1個と雄しべ2個を付けています。アオダモの名前のアオは、枝を切って水に浸けると水の色が青くなることに由来しています。

【2002年4月14日(日)】
○朝、センターの前庭にハシボソカラスが数羽たむろしていましたが、すぐ飛んでいってしまいました。カラスはゴミなどを蹴散らすので人々に嫌われ、東京都ではカラス掃討作戦まで行われています。しかし「古事記」や「日本書紀」によると神武天皇を大和の国へ案内したのは八咫烏(ヤタガラス)ということで、カラスは神の使いとして尊敬されています。また、中国古代の神話によると太陽の中には不死鳥で三本足のカラスの金烏(きんう)が住んでいるといわれ、今年発掘調査が行われている奈良県のキトラ遺跡の石棺にも、太陽の中に三本足のカラスが描かれていたと報告されています。

【2002年4月13日(土)】
○葉桜になったエドヒガンの隣に、長さ7pぐらいの穂の様な小花を密生させてウワミズザクラが咲いています。咲き方は違いますが、木の肌や葉はサクラそのもので、サクラの一種です。古代このサクラの木は重要な役割を担っていました。「古事記」には鹿の肩の骨をハハカで焼いて占う神話が載っており、このハハカはウワミズザクラのことだといわれています。鹿の骨には溝が刻まれておりこの骨の割れ具合により吉凶を占っており、この溝を上溝(うわみぞ)といったことから、ウワミズザクラの名が付いたといわれています。

【2002年4月12日(金)】
○園内の雑木林に落葉低木のヤマツツジが枝先に朱色の花を咲かせています。雄しべは5つでその先端に褐色の小さな蓋のないツボが二つ並んでいて白い花粉が見えています。この花粉の入っているツボを指で数回刺激すると、ビックリするほどの沢山の花粉がネックレスのようにするすると出てきて指先にくっきます。通常この花粉は花の蜜を吸いに来た赤色を好むアゲハチョウ類に付いて、遠くへ運ばれ別の株の花に受精してヤマツツジの子孫を残します。

【2002年4月11日(木)】
○ウシガエルよりも一回り小さいアズマヒキガエルが冬眠からさめて、湿原をよたよた歩いていました。全身にいぼ状の隆起を持ち、とくに耳腺とよばれる隆起は大きく毒液を分泌します。一般にガマガエルの名で呼ばれ、分泌された毒液は「ガマの油」とよばれる漢方薬で切り傷などに効果があり、その効能の口上は大道芸の一つとして日本全国に知れ渡っています。また、中国古代の陰陽道の思想では、月の中には菩提樹の木とともにウサギと永遠の命を授かったヒキガエルが住んでいるといわれており、現在テレビや小説を賑わしている陰陽師安部晴明(あべのせいめい)は陰陽道を司る予言者です。

【2002年4月10日(水)】
○園内の陽当たりのよい園路端や草原に、越年性つる草で救荒植物のカラスノエンドウが紅紫色の花をあちこちに付けています。葉は10枚前後の小葉からなり、先端の巻きひげは3つに分かれています。豆果は黒く熟することからカラスの名が付けられましたが、小葉の先端は窪み、しばしば矢筈形になるのでヤハズエンドウの別名もあります。救荒植物とは飢饉の時に食料になる植物の総称です。なお、園内にはカラスノエンドウよりも小形で花の色が淡紫色のスズメノエンドウやその中間の大きさのカスマグサもあります。

【2002年4月9日(火)】
○武蔵野の雑木林を代表する落葉広葉樹のコナラやクヌギが地味な花を咲かせています。コナラもクヌギも花の色は黄色で雄花序を長く垂れ下げており、雌花は新枝の上部の葉腋に数個付けていて、コナラはその年に、クヌギは翌年にドングリを作ります。
○昔の雑木林は、定期的に伐採して薪炭材に、また落ち葉は肥料として利用されてきました。雑木林はそこに暮らす人々の重要な資源として手入れもよくされましたので、林の中も明るく林床にはスミレなどの可憐な植物が花を咲かせていました。

【2002年4月7日(日)】
○公園は春に咲く色々な花が咲き揃い、あふれんばかりの春で一杯です。赤・紫系統の花はホトケノザ、カキドオシ、ヒメオドリコソウ、ムラサキケマン、カラスノエンドウ、スズメノエンドウ、ゲンゲ、ショカッサイ、キランソウ、ムラサキサギゴケ、クサボケや各種のスミレなど、青色系統の花はキュウリグサ、オオイヌノフグリ、タチイヌノフグリなど、黄色系統の花はヘビイチゴ、サルトリイバラ、ミツバツチグリ、オニタビラコ、ヤブタビラコ、ヤマブキ、カントウタンポポ、セイヨウタンポポなど、白色系統の花はナズナ、ノミノフスマ、ミミナグサ、オランダミミナグサ、ニョイスミレ(ツボスミレ)、タネツケバナ、ヤブニンジン、シロバナタンポポなどの花が咲いています。

【2002年4月6日(土)】
○ヘビイチゴも葉腋(ようえき)から長い花柄(かへい)を伸ばして、黄色い五弁の花を一つ咲かせています。花が終わると直径1pぐらいの球形で赤い果実が熟します。俗説ではこの果実は有毒といわれていますが、無毒で美味しくないが食べられます。「枕草子」には「名おそろしきもの」の中に蛇苺(くいなはいちご)の記載があり、これはヘビイチゴのことだといわれています。

【2002年4月5日(金)】
○スミレの花が最盛期を迎えています。この公園で確認されているスミレは、タチツボスミレ、コスミレ、マルバスミレ(ケマルバスミレ)、スミレ、ニョイスミレ(ツボスミレ)、ノジスミレ、ヒカゲスミレの7種類です。どの種類のスミレも上側に立つ2個の上弁、左右に開く2個の側弁、そして下に唇弁を持った花を付け、雄しべも雌しべもありますが、受粉して種を付けることはあまりありません。スミレは通常の花が散った後、花びらが無く目立たない閉鎖花を付け種を作ります。公園に咲く7種類のスミレの手作り図鑑を受付に置いておきますので、御活用ください。

【2002年4月4日(木)】
○八ツ橋脇などで、落葉低木のヤマブキが鮮黄色の花を付けています。ヤマブキの名について平安時代の「新撰字鏡」は、「その枝柔軟にして風に随って振れゆらぐ、故に山振と名づく」との記載があり、また、「万葉集」にはヤマブキの花は17首詠まれています。一方、ヤマブキは実を付けるので太田道灌の故事で有名な山吹の花は、実を付けない園芸品種のヤエヤマブキの花だといわれています。

【2002年4月3日(水)】
○園路や林縁、草原のやや日陰の場所に越年草のムラサキケマンが、茎の上部に紅紫色の花をびっしりと咲かせています。傷つけると悪臭を発生させるアルカロイドという有毒物質を含む毒草ですが、ウスバシロチョウ(この公園では確認されていません。)の食草になっています。また、この花の種はアリが好む柔らかくてちいさな肉冠を付けているので、アリは肉冠を食べるため種を運び、その結果として種が遠くへ散布されるのを手伝っています。

【2002年4月2日(火)】
○園内の雑木林が新緑の季節を迎えています。センター2階の観察ロビーから公園を囲む雑木林を眺めると、花を咲かせているヤマザクラやアカシデ、イヌシデなどの木もあって、新緑の緑の幅の大きさやその微妙さには驚かされます。黄色や茶色かかった緑色や若葉色、若草色、萌黄色そして浅緑色から常緑樹などの深緑色へと、まるでモザイク模様のような色が混沌と重なり合って、その色の重なり具合が1日ごとに変化していくのがわかります。

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