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北本自然観察公園 自然観察記録 2002年3月

2002年4月11日更新
                                           埼玉県自然学習センター



【2002年3月31日(日)】
○春の野に咲くタンポポの花が咲いています。この公園で咲いているのは在来種のカントウタンポポとシロバナタンポポ、それに帰化種のセイヨウタンポポで、関東一円に咲いていたカントウタンポポはめっきり少なくなってきました。セイヨウタンポポは、お雇い外国人の札幌農学校の教師が、明治時代に北海道で野菜用に栽培したのが始まりだといわれ、無性生殖によって種が増えるので、瞬く間に日本全国に広まってしまいました。見分け方は総苞外片(そうほうがいへん)が反転して反り返っているのがセイヨウタンポポで、反り返っていないのがカントウタンポポなどの在来種です。

【2002年3月30日(土)】
○園路の道端に日向を好むヒメオドリコソウがほこりを被ったような冴えない葉の間から、暗い紫紅色の花を数個ずつ輪のようにして咲かせています。欧州原産の帰化植物で明治の中頃に日本に入ってきましたが、生活力の旺盛なたくましい野草で、徐々に分布の範囲を広げており雑草化しつつある植物の一種です。在来種のオドリコソウより小型であるためこの名が付けられました。

【2002年3月29日(金)】
○淡紫色で下唇に紅紫色の斑点のある花のカキドオシが園路ばたや草原に咲いています。花の時期は茎は立っているが、花が終わると立っていた茎はつる状に細長く伸びて地面を這うようになり、長さ1m以上に達して垣根を通り越してしまうことから、「垣通し」と名付けられたといわれています。糖尿病に薬効があり、漢方では「連銭草」(れんぜんそう)の名で古くから知られています。

【2002年3月28日(木)】
○エドヒガンの花は散ってしまいましたが、草原や梅林の林床その他園内の陽当たりのよい場所に、コバルトブルーの小さな花のオオイヌノフグリが、陽の光を受けて宝石をちりばめたように輝いて咲いています。美しく可愛い花なので手に取ろうとすると、花びらがぽろりと落ちてしまいます。また、この花の花びらは光の強弱によって開閉する性格があり、日が陰り出すと花びらを閉じる同時に、雄しべと雌しべが互いに近づいて自家受粉して種を作ります。この効率的な種作りによって明治中頃に日本に入ってきた帰化植物にもかかわらず、早春を彩る日本の代表的な花の地位を獲得しました。

【2002年3月27日(水)】
○マガモやコガモの数が少なくなってきましたが、今シーズン始めてキンクロハジロのメスが一羽、高尾の池で観察できました。キンクロハジロという鳥の名前は体の色から名付けられました。すなわち、目は金色、全体が黒くて腹部が白なので「金黒羽白」。また、このカモのように体のすべてを潜水させて餌を探すカモを「潜水採餌カモ」といい、このカモの仲間は、キンクロハジロのように水底の貝や水草を主食とするクチバシが平たくて短い種類と、魚を主食とするクチバシがピンセットのような細いアイサ類に分かれます。

【2002年3月26日(火)】
○春の風物詩のツクシが頭をもたげています。ツクシはスギナに先立って出る胞子茎で、古くは「源氏物語」で「つくつくし」の名で呼ばれていました。ツクシの呼び名について柳田国男は「野草雑記」の中で、ツクシがまっすくに柱のように立っているのを、海や川の水先案内に立てる杭の澪標(みおつくし)に見立てての呼び名だといっています。また、中田幸平は「野の民俗」の中で、牛を繋ぐ杭のことを「つくし」と九州地方では呼び、それが転じてただの柱や棒までも「つくし」と呼ぶようになったといっています。

【2002年3月24日(日)】
○園路の道端などで無茎種のノジスミレが咲いています。和名を漢字で「野路スミレ」と表せば、このスミレの名が生育場所から名付けられたことがわかります。古来よりスミレは詩歌の世界に盛んに取り入れられ、「万葉集」の山部赤人の「春の野に すみれ摘みにと来し吾ぞ 野をなつかしみ 一夜寝にける」や、芭蕉の「山路来て 何やらゆかし すみれ草」の句はよく知られています。
東光寺の境内にある国の天然記念物に指定されている「石戸蒲ザクラ」が満開を迎えています。

【2002年3月23日(土)】
○子供の頃ペンペン草と呼んでいた春の七草のナズナも花よりも実が目立ってきました。ペンペンとは三味線のことで、ナズナの逆三角形の実を三味線のバチに見立てての呼び名だといわれ、また、江戸後期の戯作者式亭三馬の作品の中では、ペンペン草が家運の傾いた家の象徴的な草として登場します。しかし、古代ではナズナは「撫づ菜」といわれ、体を撫ぜて穢れを落とす感染呪術の神聖なる草として知られていました。また、ナズナ1株あたりの種子の出来具合を調べた調査によると、最高で45,400余粒も見つかり、雑草の繁殖力の強さには驚かされます。芭蕉の「よく見れば薺(ナズナ)花咲く垣ねかな」の俳句はよく知られています。

【2002年3月21日(木)】
○早春に1回だけ発生するツマキチョウが、オオイヌノフグリの花の蜜を求めながら飛んでいました。また、羽化したてのモンシロチョウ、スジグロシロチョウ、ベニシジミそれに棲息数が少ないトラフシジミも、例年にない暖かい日差しを受けて綺麗な羽で飛んでいました。この冬を越冬したチョウでしょうか。キチョウやキタテハ、ルリタテハ、ウラギンシジミも羽の一部にほころびを作りながらも元気に飛んでいました。

【2002年3月20日(水)】
○北国へ帰る途中でしょうか。黄緑色の美しい小さな鳥のマヒワがあずま屋付近で5〜6羽観察されています。マヒワはハンノキの実を好み、高尾の森で繁殖し、冬鳥として丘稜に飛来します。色名のヒワ色はマヒワの黄緑色を指します。その他鳥の名前を色名とした伝統色にはウグイス色、トキ色、スズメ色、トビ色、マガモ色、カラスバ色などがあります。また、和紙で鳥の子紙とは、鳥の卵の殻の色に似た淡黄色の和紙をさします。

【2002年3月19日(火)】
○早くも園内のエドヒガンの花が散り始めましたが、春の使者ツバメが渡ってきました。ツバメは人家の軒先に巣をかけ、ヒナを育てる様子が身近に観察できるとともに、害虫を補食する益鳥であることから人々に親しまれています。また、よく知られている古典「竹取物語」の中で、かぐや姫が求婚者の石上(いそのかみの)中納言を撃退するために出した難題、「燕(つばくらめ)の持ちたる子安貝」の持参の話しなどのツバメに関した話しも、ツバメが身近な存在であることを物語っています。また、アマツバメも公園の上空を横切るところが観察されています。

【2002年3月17日(日)】
○雑木林の林床でタチツボスミレが咲き出しています。スミレの仲間は大きく茎を伸ばす有茎種と茎を伸ばさない無茎種に分けることができます。タチツボスミレは有茎種の代表格で、日本全国で最も普通に見られるスミレです。スミレの名は花を横から見ると大工が用いる墨入れ(墨壺)に花が似ているので、名付けられたといわれています。また古来スミレを摘むのは衣にスミレの色を付けるため(染色)と食料のためだったようです。

【2002年3月16日(土)】
○あでやかなピンク色の花を満開に咲かせているエドヒガンのそばで、里山に春の訪れを感じさせるコブシが白い花を咲かせ始めました。エドヒガンもコブシも葉が開かぬ内に樹冠いっぱいに花を咲かせますが、エドヒガンの花は空の色に同化してしまうのに反して、コブシの花は白いぼんぼりのような光を放って遠くからもよく目に付きます。特定のサクラを農作業の目安として「田打ち桜」とか「種まき桜」と呼ぶことがありますが、コブシも地方によっては「田打ち桜」や「種まき桜」と呼んで農事の目安にされています。サクラもコブシも同じ時期に花を咲かせますので、コブシの花にも農民は親近感を込めて「桜」の名を用いたものと思われます。

【2002年3月15日(金)】
○ハナダイコンと通常呼ばれているショカッサイ(オオアラセイトウ)が、茎頂部に3pほどの紫色の四弁花の花を付けて咲いています。中国原産で江戸時代から栽培されていた帰化植物ですが、野生化して早春に咲く花として人々に親しまれています。中国の三国時代の英雄、諸葛孔明が短期間で収穫できる野菜を軍陣で栽培して、兵糧を補った野菜ということで「諸葛菜(しょかっさい)」と名付けられたとの言い伝えがあります。

【2002年3月14日(木)】
○園内の雑木林の藪の中で、落葉低木のウグイスカグラが1p〜2pぐらいの細い花柄をだして、淡紅色の花を下向きに咲かせていました。地味な花ですが雑木林の枯れ枝の中では結構目立って見えます。花が終わった後の6月頃に付ける甘い赤い実は、園内に棲む鳥たちの大好物です。ウグイスがはじめて鳴く頃に花を咲かせるので、ウグイスカグラの名がついたという説がありますが、はっきりしたことは分かっていません。

【2002年3月13日(水)】
○北本市の天然記念物に指定されている園内のエドヒガンが早くも咲き出しました。去年の開花は21日でしたので一週間以上早い開花です。このままの暖かさが続くと花は一気に開花して、この週末が絶好の花見日和になるものと思われます。

【2002年3月12日(火)】
○9日(土)の朝、自然観察公園付近の道路で車にはねられて死んだキツネがセンターに持ち込まれました。タヌキに比べてキツネの死体が人目に触れること自体まれなことなので、検討した結果、「さわれる剥製」として活用することにしました。剥製作りに費やす期間は約1ヶ月です。

【2002年3月10日(日)】
○県内で撮影された野生生物の写真展を平成14年4月4日(木)まで開催しています。県内で撮影された野生生物の写真を公募したところ、48作品の応募があり、これらの作品を撮影データ(提出のあった人のみ)を記載して展示しています。この素晴らしい作品を鑑賞することによって、野生の生き物に対する愛情を深めていただければと思います。

【2002年3月9日(土)】
○日本三鳴鳥に数えられているウグイスの初鳴きが聞かれました。しかし、よく公園を利用する人の話によると、一週間ほど前から鳴いていると言っていました。三鳴鳥とは江戸時代に編まれた小鳥の飼養書「百千鳥(ももちどり)」が、オオルリ、コマドリと共にウグイスを加えて呼んだことによります。また、平安時代の人はウグイスの鳴き声を「ウウウクヒ」と聞き、その鳴き声に鳥や虫の名につける接尾語の「ス」をつけて、ウグイスという鳥名になったと言われています。一方、江戸時代の新井白石は「東雅」で、木や竹が生い茂っているところを「ウ」といったことから、「ウ」に巣を作る鳥ということでウグイスになったと書いています。

【2002年3月8日(金)】
○早春のやわらかい陽を受けて園内の日溜まりでは、ホトケノザが紫紅色の花を咲かせています。茎を囲んで車座に花や葉が付くのを仏座に見立てての呼び名です。春の七草でいうホトケノザはこの植物ではなく、オオバコやキュウリグサを指すといわれたこともありましたが、今ではコオニタビラコだというのが定説になっています。このホトケノザの花の蕾には丸みのある蕾と、やせた蕾があります。丸みのある蕾は花を咲かせますが、やせた蕾は花を咲かせない閉鎖花です。閉鎖花は花を咲かせずに自花受粉により種を作り次世代に繋ぎます。

【2002年3月7日(木)】
○「雀らも 人を恐れぬ 国の春」この高浜虚子の句碑が建っている場所をご存じですか?イギリスはロンドン郊外にある王室植物園のキュー・ガーデンです。日本ではスズメはイネを食い荒らす害鳥とされ、スズメを一掃することが農民の歴史であり、イネといえばスズメを思い出すほど、イネとスズメは日本人の思考方法に密接に結びついています。しかし古典の「宇治拾遺物語」では、恩に報いるスズメとして「腰折雀」が登場し、この話がのちに「舌切り雀」の昔話に発展したといわれるなど、必ずしも日本人はスズメを害鳥としてのみ認識していた訳ではないことが伺えます。

【2002年3月6日(水)】
○今日は二十四節季の一つの「啓蟄(けいちつ)」。すなわち冬ごもりをしていた虫たちが這い出る季節ということです。草原の土もいくぶんか湿り気を帯び柔らかさが感じられるようになり、園内の日溜まりでは、オオイヌノフグリやタネツケバナ、ホトケノザ、ヒメオドリコソウが咲きだしています。また、小川ではメダカが水面を波立たせており、暖かい水溜まりではニホンアカガエルの卵が孵化してオタマジャクシが飛び出しています。

【2002年3月5日(火)】
○気象庁からサクラの花の開花が例年よりも4日以上早くなりそうだという「桜前線」が発表になりました。一般にサクラといえばソメイヨシノを指しますので、「桜前線」はソメイヨシノの開花予想の発表ということになります。この公園には高さ29m、根回り3.2mの樹齢200年以上といわれるエドヒガンがあり、このサクラの昨年の開花は3月21日でしたので、今年はそれ以前に開花し3月中に散ってしまうおそれがあります。また、東光寺の石戸蒲ザクラは例年4月10日頃満開を迎えています。現代の桜守佐野藤右衛門は、サクラの花は「新月から満月にかけて咲く」といっており、ちなみに今月の満月は29日です。

【2002年3月3日(日)】
○今日3月3日は上巳(じょうし)、桃の節句です。旧暦の3月3日といえばサクラをはじめとして花の季節です。数ある花の中で節句の花としてモモの花が選ばれたのは、節句の習慣が古代中国の風習である陰陽道に倣ったからだと推定されます。中国最古の詩集「詩経」には、嫁ぐ娘を若々しく燃え立つモモの花にたとえて祝福する歌があり、陶淵明の「桃花源記」に由来する桃源郷など、モモの花を中国人が愛していたことが伺えます。日本では、桃太郎の童話の話や、死んだイザナミノミコトを尋ねて黄泉国に行ったイザナギノミコトが、悪鬼に追われたが桃子(もものみ)を投げて逃げ帰れたという話が「古事記」に載っているなど、モモの実には邪悪な鬼を退治する力があると考えられていました。

【2002年3月2日(土)】
○落葉樹の多い雑木林の中で常緑低木のアオキが、光沢のある厚い緑の葉を一際美しく輝かせています。アオキを漢字で表すと「青木」で、枝が緑色であることから名付けられたといわれています。花は取り立てて論ずることも無いが、果実は秋から冬にかけて光沢のある赤い実をつける雌雄異株の植物で、雌雄の株を同じ場所に植えないと結実しません。また、光沢のある葉は火傷や凍傷に効果があるほか、健胃剤として有名な「陀羅尼助(だらにすけ)」を作るときに用いられます。

【2002年3月1日(金)】
○春の七草の代表格のセリが湿地に芽を出しています。春の七草がいつ頃からいわれだしたか定かではありませんが、鎌倉時代の古歌に「芹なずな御形はこべら仏の座すずなすずしろこれや七草」に由来するといわれています。セリ、ナズナはそのままですが、御形はハハコグサ、はこべらはハコベ、仏の座はコオニタビラコ、すずなはカブ、すずしろはダイコンというのが定説になっていますが、ホトケノザと一般に呼ばれている草が別種だったり、カブとダイコンという野菜が入っているのはおかしいとか、春の七草については色々なことがいわれています。一方、秋の七草は「万葉集」に詠われている山上憶良の「秋の野の草を詠む」の歌によって選定されていることが知られており、これに倣って春の七草が作られたものと思われます。
○なお、セリというと「セリ摘み」を連想しますが、湿地に立ち入ると乾燥化が進んだり、他の植物を傷めたりします。公園内のセリ摘みはご遠慮ください!

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